商品企画1年生の企て.....

リップアミュレット

(リップクリーム)

 

1976年、商品企画の1年生が仕掛けた「企て」です。

 

「企て」こそが、私が商品企画をしてきた中に一貫して持っていた「魂(スピリッツ)」であり、私の「コアコンピタンス」です。別の言い方をすると、ルーチンワークが嫌い(苦手)で飽きっぽいのかも知れません。ちなみに血液型はB型で星座は天秤座です。

 

私にとっての「企画」は、新しい価値を生み出すことです。

 

もうお分かりですね。「企画」とは、「くわだて(企て)」・「画策する」こと。「たくらむ(企む)」とも言います。単に、情報を整理して企画書にまとめ、提 案するだけではありません。それでは、つまらないですよね。そして、「企画」の目的は「変革」。すなわち、「これまで」からの脱皮を仕掛けることです。自 分が何かをやったという痕跡を残せます。

 

 

1.初めの企て

 

「リップアミュレット」の企画は、ひょんなところから生れました。

女子高生向けスキンケアの新ブランドを企画していた時です。そのブランドは、「フレッシー」(1978年発売)。彼女たちのライフスタイル、特にファッション感覚を調べていて気づいたのです。

 

どのようなパッケージデザインが共感を受けるのかと調査していたら、それまで販売していた「リップクリーム」が急に古臭く見えてきました。今でこそアンティークに見えるかもしれませんが、金属製のそっけない、良く言えば資生堂の伝統を継承したデザインだったのです。

 

2月頃に思いつき、先輩、そして課長に掛け合ったところ、すぐにやろうということになりました。しかし、リップクリームの需要期は、秋から冬にかけてです。 早速、研究所、工場に行ったのですが、9月は無理だけど、10月ならば何とかやりましょうということになり、スタート。(標準スケジュールは、本提案して から12ヶ月。この頃から、スケジュールを無視した仕事をしていたことになります。)

 

 

2.商品設計

 

中味は、フレーバーの香りをつけて3種類。オレンジとピーチとミルク。イメージにあわせて色も3色。でも、唇に色はつきません。(その後、何年か経つと、薄っすらと色がつくバージョンも発売されます。)

 

ここが「ミソ」。ユーザーの本音と建前に応えたのです。彼女たちにとって、本音は「口紅」であり、「つやだしリップ」感覚。でも、建前は「くちびるのあれ止めクリーム」なので、学校で注意されることはありません。

 

このような「本音と建前のダブル(マルチ)ミーニング」は、商品企画するときに欠かせません。ひとつの側面からの意味付けでは、ユーザーの心を捉えられない 場合が多くあります。モノを買おうとする時には、他者に対してだけではなく、自分の中でも言い訳をしています。自分なりのストーリーを構築して自らを納得させていることがあるのです。「頑張った自分へのごほうび」と言うのもありますね。

 

そのような視点は、市場調査・グループインタビューなどでも欠かせません。普通、調査報告書だけを見てもユーザーの気持ちは分かりません。まずは、現場に立 ち会って「感じること」が大切です。司会者(モデレーター)や同席している他のモニターとのやりとりから、その言葉の端々、ニュアンスとして表れることがあります。辻褄を合わせているのも分るかと思います。その辻褄合わせの作業が、購入時にも行われているのです。ですから、調査結果だけを見ても、本当のこ とは分かりません。むしろ、間違う可能性があります。

 

 

3.パッケージデザイン

(嗜好調査のあり方)

 

デザイナーには、「思いっきり女子高生感覚で」と依頼しました。それまでの、「大人も使える」という幅広い層を対象にしたデザインのではないです。そして、大人が考える(資生堂らしい)ヤング感覚ではないものです。(ヤングという言葉・・・古いですね) 

 

簡単に言うと、「可愛い」がコンセプト。でも、その時に発見したのですが、この「可愛い」は全ての年代の女性に共通する共感ワードだったのです。今、シニアが注目されていますが、ここでも大事なキーワードです。

 

とは言え、テーマがブレるといけないので、あくまでもターゲットは女子高生。この絞りこみが大事です。(でも、問題もあります。この設計上の対象層を販売する人たちにも伝えてしまうと、対象以外の人に売らなくなることがあるのです。特にカウンセリング販売では注意が必要です。) 

 

出来上がったデザインは2案。

ひとつは、それまでの延長で花を資生堂調にパターン化したものです。もうひとつは、動物たちが描かれていました。どちらも、明るくカラフルな色使いのイラス トレーションで可愛く仕上がりました。その頃、よく使われたキーワードの「ファンシー」デザインです。さて、どうやって決めようか・・・? 

 

先ずは、お決まりの調査。

社員のお嬢さんたちをモニターに、調査することにしました。しかし結果は、半々に割れてしまいました。そうなっては、担当者が決めるしかありません。社内的に無難な「花柄」か、思い切って「動物柄」か・・・。結論としては、「動物柄」にしました。

 

その決定ポイントは、「ハート」です。「花」はただ綺麗なだけであるのに対し、「動物」には気持ちが通じ合う何かを感じたからです。ペット感覚かもしれません。相手(商品)からユーザーの方にすり寄ってくる理屈なしの可愛さがありました。使う(持っている)人との間にハートコミュニケーションが生まれ、より身近で大切なモノという感覚が生まれると思ったのです。

 

でも最後に決済するのは、社長以下、役員のオジサンたち。調査データを少しばかり手を加え、差をつけました。それでも議論白熱。こども研究所の先生に聞いてみたらどうかなどの意見が出されました。冗談でしたが、モニターの中に双子の姉妹がいたので1人分にカウントしたらといった意見もありました。要するに、 オジサンたちには判断できなかったのです。結果として、担当者の意見・思いが通りました。

 

その時に思ったこと。それは、既存路線の枠内で提案すれば無難ですが、担当者の強い意志で魅力的な提案をすれば提案は通るのだということです。でも、トップだけでなく周囲も含めて、変な固定観念や理屈、いわゆる「バカの壁」が強いと通らない時もありますが・・・。特に、全く新しいことを提案する時は大変です。

 

調査データの改ざんについて。

個人的には、状況に応じて改ざんしても良いと思っています。特に、最終段階である提案時には、大事なポイントです。これは、決済者の判断を助ける意味を持っているからです。もちろん、公的にはダメですが、安全面に関わることでない限り、民間企業の企画においては許されると思います。ましてや嗜好品については、企画者の直感(判断)が優先されるべきだと思います。

 

では、何のために調査をするのか。それは、企画担当者が実態を把握し、企画を組み立てるのに必要だからです。単なる定量調査だけでは、本当のことは分かりません。ユーザーの心のヒダに踏み込んだ定性的な情報を得ることが重要です。そこに、企画マンとしてのセンス(資質)が問われるのです。その解釈は、企画者自身の経験や様々な情報の蓄積などを総動員して行われます。その際、思い込みも大事ですが、情報(事実)に対して「謙虚」になることも必要です。「謙 虚」。これは、企画者にとって大切なキーワードです。

 

要するに、集めた様々な定性情報をもとに定量データを修正するのです。すなわち、改ざんではなく調整なのです。ですから、提案する内容は、企画者の責任で行い、決して定量データのせいにはできないのです。

 

本当は、「調査結果はこうですが、このような理由から結論はこうです。」と言って分かってもらえれば良いのですが、企画センスが違う人には理解してもらえません。普通、マイナス評価のモノを良しとは言えませんからね。  

 

 

4.ネーミング

 

自分が名づけ親になれるのです。企画書以外に企画マン自身ができる唯一と言っても良いクリエーティブな仕事かもしれません。30年の間、多くの商品・ブランドのネーミングをしてきました。企画内容よりも、ネーミングの方に自慢したくなる商品が多くあります。

 

ネーミングと言っても、大きく分けて2つあります。ブランド名とそのブランド内にある個々の商品アイテム名です。

 

ブ ランド名は、そのブランドがもつフィロソフィーやメッセージなどを表す言葉をつけます。どちらかと言うと抽象的な概念を表すものが多くなります。通常の単 語をズバリ使うこともありますが、組み合せたり、語尾変化させて造語にしたりします。強く印象付けるための言葉が良いので、アルファベットや数字などの組 みあわせで作ることもあります。 

 

アイテム名は、なるべくその商品自体の機能が分かり易い一般的な言葉にします。しかし、「リップアミュレット」のような単品アイテムの場合には、ブランド性(物語性)と機能表記性を併せもったネーミングが必要でした。

 

「リップアミュレット」の時は、まず「女子高生」「可愛い」「持っていたい」「新鮮」「うるおい」・・・などのキーワードから沢山の候補をリストアップするところから始めました。

 

ネーミングの作業ではいつも、数10から100以上、場合によると更に多くの候補をリストアップします。その中から、良さそうなものをいくつか選び、商標調査 にかけます。大体1割も残れば良い方です。他の担当者の意見も聞いて更に絞り、ユーザー調査にかけたりもします。最近は、早くて安いインターネット調査が あり便利になりました。好き・嫌い、分かる・分からないと、ワードから受ける印象程度で判断できる調査には便利です。もちろん最後は担当者が候補を絞り、 お決まりの決済会議に提案。候補は1案の決め打ちをすることもあります。

 

提案すると、皆さんは始めて聞くネーミングなので、何か違和感をもたれたり、ピンと共感をもってもらうことが出来ないのが常です。そこで、提案の差し戻しを受けたりしますが、再度、同じネーミングを提案することもあります。その時に言う言葉があります。「10回このネーミングを唱えてください。」と。

 

 10回が良いとは限りませんが、慣れが大事で、本当に慣れてしまうのです。あるブランドは、何度も何度も再提案をし、グルッと回った挙句、最初に提案したネーミングに決まったのです。最初のワードが皆さんの頭の中に残っていて、慣れ(熟成)たのでしょう。

 

他 の候補は忘れてしまいましたが、既存の商品は「リップフレッシュ」。新商品のネーミングとして選んだ言葉は、「アミュレット」です。「護符、魔よけ、お守り」などの意味があります。最終的には、「リップアミュレット」としました。くちびるを守るだけではなく、自分自身のためのお守りとして、彼女たちの大切 な持ちモノのひとつになって欲しいと思ったのです。動物たちのパッケージデザインとマッチした名前です。

 

しかし、チョットばかり手を加えました。それは、英語とフランス語のミックスです。英語ではAMULETで、アミュリットと発音します。フランス語ではAMULETTEで、アミレットと発音します。 どちらも語感が硬いと思い、ミックスしてアミュレットにしたのです。だから、これも造語なのです。英語圏やフランス語圏の人から言わせると、発音が間違っ て言われるかもしれませんが、語感(語呂)って大事です。 

 

名前の由来や意味をTVや宣伝、記事などで紹介されることは滅多にありません。でも、カーラジオから「リップアミュレットのお守り話」が流れてきた時、もの凄く嬉しかったのを思い出します。

 

この商品は、20 年近く続いたと思いますが、今は残念ながら無くなってしまいました。しかし今、この名前を使った新たな商品が発売されています。「マジョリカ マジョルカ」というメーキャップブランドの中にあります。新製品の名前として担当者が使いたいと言ってきました。もちろんOKで、新たな商品として蘇りました。 (嬉しい!)

 

 

.価格と価値

 

価格は、相場よりも高い500円にしました。

資 生堂の既存品は350円。その頃の一般的なリップクリームは、200~300円位が普通でした。その理由は、ひとつにこの種の商品の値頃価格であったこ と。もうひとつは、物品税が課せられなかったことです。当時は、出荷価格に物品税が課せられていましたが、400円以下の商品は除外されていたのです。

 

その価格の壁に敢えて挑戦しました。もっと高くても買ってもらえると思ったからです。価格依存性が強いこの種の商品としては、何と無謀で思い切ったことをしたのでしょう。ユーザーの値頃感や競合品などの市場状況を分析すれば、そんな結論には決してならないはずです。でも、担当者としては自信がありました。無謀でもおごりでも無かったような気がします。このリップアミュレットは、唇の荒れを防ぐというだけの実利品ではありません。むしろ、「お守り」的な可愛い 嗜好品だと考えたからです。そんな担当者の提案が通ったのは、市場環境としても、社内環境としても、時代が良かったのかもしれません。物品税負担についても、もし計画どおりに売れるとしたらという前提でしっかり計算し、十分にカバーできると見込んでいました。

 

結果の売上は、年間計画180万個に対して183万個の実績でした。(それまでの商品は、350円で140万個でした。)

 

今、 低価格化から反転し、高価格化へのシフトが始まっています。特に、便利・低価格の流通チャネルとして主流となっているドラッグストアやコンビニなどが、出店拡大に限界が見え始めてきたことも含め、低価格=薄利からの脱却を新たな経営課題として模索を始めています。一方、チャネル側の事情とは別に、顧客にも変化が見られます。社会の成熟化に向い、質的な満足を求める人たちが増えています。

 

それに対応する商品・サービスには、単なる機能的な充足だけではない価値が欠かせなくなっています。何らかの形でユーザーの心を揺り動かせる価値を探さなくてはならない時代なのです。その価値は何か? 価値作りはどうしたらよいのか? 

 

簡単に言うと、左脳で計算する(論理的な)価値と右脳で創造する(感性的な)価値と言う対立関係でどのようなバランスをもたせるかが必要なのだと思います。

 

リップアミュレットには、一般的なリップクリームの機能以上の価値がありました。そのヒントのひとつとして紹介した訳です。古くても今に通じる例ではありませんか? 今は、コンビニのおにぎりもカップラーメンも高くなりました。ハンバーガーもシャンプーも新しい価格ゾーンが生れつつあります。

 

5.とどめの企て

 

それは、毎年デザインを変えようとする企画(企て)です。(中味は同じです。)

 

ある部門の部長から呼びつけられて怒られました。資生堂でそんな前例が無かったのです。担当者としては自然発生的なアイデアだったのですが、他の人にとっては奇抜以上のものがあったようです。

 

商品価値として「実利」よりも「嗜好」にあるのは、前に書いたとおりです。そして、ユーザーにとっては、「情報」のひとつでもあるのです。その情報アイテムを介して友達同士でのコミュニケーションが成立しているのです。

ですから、情報鮮度を維持する必要があったのです。

 

会社的に考えると、切替え方法はどうするとか、切替え後の在庫はどうするなどと新たな課題が出てきます。その時私は、一時期、新旧合わせて6種の商品を一緒に売っても良いと考えました。旧品は、事前に在庫の絞込みをしておき、在庫がなくなったら終了です。その間、選択購買のバリエーションが増えたと思えば良 いのです。

 

その後、担当者が替わり、その方法に疑問をもったのか、一度デザイン替えをやめました。結果、売上は低下し、次年度からまた始めることになりました。今、その話をすると、あれは実験(?)だったと言っています。

 

更に何年か経って、唇に色が薄っすら付くタイプや、スティックとは異なる広口のコンパクトケースタイプなどと品揃えが拡張されていきました。しかし、余り広げ過ぎ、数量計画を含む切替え計画は難しくなったようです。

 

そんなことや市場環境の変化の中、リップアミュレットは消えていきました。